「色んな作品を『一回観た』って蓋をしちゃう人達は…」富樫先生が語る作家としてのインプットの姿勢
創作活動をしていると、「もっとたくさんの作品を見なければ」という焦りを感じることはないでしょうか。映画を見て、漫画を読んで、小説を読んで――でも、いざ自分の作品を作ろうとすると、なぜか見たはずの作品の要素をうまく活かせない。そんな経験をお持ちの方は少なくないかと思います。
『HUNTER×HUNTER』の作者・冨樫義博先生は、『NARUTO』の作者・岸本斉史先生との対談で、作家のインプット姿勢について興味深い発言をされています。
「これもタイプによるけど、色んな作品を『一回観た』って蓋をしちゃう人達はもう、僕調べだけど、それはダメですね…」
この言葉には、プロの創作者として第一線で活躍し続ける冨樫先生のインプットに対する哲学が凝縮されています。今回は、なぜ「一回観ただけ」ではダメなのか、そして効果的なインプットとは何かを、記憶のメカニズムという観点から掘り下げていこうと思います。
なぜ同じ映画や作品を繰り返し見た方が良いのか?
冨樫先生は対談の中で、作品を「丸暗記」できるレベルまで繰り返し見ることの重要性を語っています。ただ見るだけではなく、「自分の血肉として活かせるか」という視点が重要だというのです。
つまり、どれだけ素晴らしい作品を見たとしても、それを自分の作品に活かせなければ意味がないということ。インプットは、最終的にアウトプットに結びついてこそ、創作者にとって価値があるものになります。
では、「自分の血肉として活かす」ためには何が必要なのでしょうか。今回は「記憶」という観点から、この問いを考えていきましょう。
映画を見る本当の目的とは――インプットと記憶の関係
そもそも、創作者が映画を見る目的は何でしょうか。それは、自分の中の表現やストーリー展開の「引き出し」を増やすためです。面白い演出、印象的なセリフ、巧みな伏線の張り方――これらを自分の中に蓄積することで、いざ創作するときの選択肢が広がります。
しかし、ここで重要なのは、その引き出しを実際に開けられるかどうか、つまり必要なときに記憶から取り出せるかどうかです。どれだけ素晴らしい作品を見ても、それが脳に定着していなければ、創作のときにアウトプットすることはできません。
こう考えると、映画を見ることは「勉強する」ことと本質的に同じだといえるのではないでしょうか。学生時代を思い出してみましょう。教科書を一度読んだだけで、テストで完璧に答えられたでしょうか。おそらく、繰り返し復習することで、初めて知識が定着したはずです。
創作におけるインプットも同じと考えられます。映像記憶は脳に残りやすいため記憶できているように感じる側面もありますが、やはり学習としての記憶の定着を考慮しなければ、せっかくの学びも水の泡になってしまいます。
人間の記憶はどれだけ忘れるのか――エビングハウスの忘却曲線
では、人間の記憶は時間とともにどれだけ失われていくのでしょうか。この問いに科学的な答えを示したのが、ドイツの心理学者ヘルマン・エビングハウスが提唱した「忘却曲線」です。
エビングハウスは、無意味な音節を記憶させる実験を通じて、人間の記憶がどのように失われていくかを数値化しました。その結果は、私たちの想像以上に厳しいものでした。
エビングハウスの忘却曲線による記憶の保持率
- 20分後:約58%を保持(約42%を忘れる)
- 1時間後:約44%を保持(約56%を忘れる)
- 1日後(24時間後):約26%〜33%を保持(約67%〜74%を忘れる)
- 1週間後:約23%を保持(約77%を忘れる)
- 1ヶ月後:約21%を保持(約79%を忘れる)
驚くことに、たった1日で私たちは学んだことの約7割を忘れてしまうのです。
ただし、エビングハウスの研究によれば、適切なタイミングで「復習」を行うことで、記憶の定着率は飛躍的に向上することがわかっています。一度復習すると、忘却のスピードは緩やかになり、さらに繰り返すことで、記憶はより強固なものになっていきます。
つまり、映画や作品を一度見ただけでは、実際にはそのほとんどは1日で忘れてしまっているということ。冨樫先生が「一回観ただけではダメ」と語る理由が、科学的にも裏付けられているといえるでしょう。
面白い作品を繰り返し見ることの重要性
記憶のメカニズムを理解すると、冨樫先生の言葉の意味がより深く理解できます。作品を「自分の血肉にする」ためには、脳にしっかりと定着させる必要があり、そのためには繰り返し触れることが不可欠なのです。
実際、対談の中で冨樫先生も岸本先生も、同じ作品を何度も繰り返し見たり読んだりしていることを明かしています。
繰り返し作品を鑑賞し、自分の中で消化することで、初めてその技法や表現が自分の「引き出し」として機能するようになるのだと思います。創作の現場で「あの映画のあのシーンのような演出がしたい」と思ったとき、細部まで思い出せるかどうかが、実際のアウトプットの質を大きく左右するはずです。
繰り返し見るための環境を整える
繰り返し作品を見ることの重要性は理解できても、DVDやBlu-rayを何度も購入したり、レンタルし続けるのは経済的にも時間的にも負担が大きいものです。
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「繰り返し見る」と「たくさん見る」のバランス
ただし、冨樫先生は対談の中で読書量の大切さについてもこう語っています。
「名作も駄作もたくさん読んだからこそ、既出アイデアのアレンジや、逆張りもできるので、選択肢が増やせる」
この発言から見えてくるのは、冨樫先生が「何度も見る(深さ)」と「多くのものを見る(広さ)」の両方を重視しているということです。
たくさんの作品に触れることで、創作の「選択肢」が増えます。どんな表現方法があるのか、どんなストーリー展開が可能なのか、過去にどんなアイデアが使われてきたのか――これらの知識があってこそ、富樫先生のようなオリジナリティのある作品を生み出すことができるようになるのだと思います。
一方で、その中でも特に優れた作品、あるいは自分の創作スタイルに近い作品は、繰り返し見ることで「血肉」にしていく。この両輪があってこそ、プロの創作者として長く活躍できるのではないでしょうか。
冨樫先生・岸本先生が繰り返し見ている作品
対談の中で、両先生は自分が繰り返し見ている作品についても語っています。トップクリエイターがどんな作品から学んできたのか、参考として紹介します。
冨樫義博先生が繰り返し観てきた作品
富樫先生は徐々に人が減っていく作品が好きなのだそうで、対談内では「エイリアン」や「28日後...」を挙げていました。
たしかにこういった作品は最終的に誰が生き残るのか、常にハラハラさせられて引き込まれてしまいますよね。
また、『パラダイム』というホラー/ファンタジー作品も挙げられています。この作品は1987年の映画ですが、富樫先生いわく、見る人が見るとチープで笑ってしまうような作品とのこと。
どんな映画か気になる方は、ぜひご確認ください。
また、冨樫先生はテンションが下がったときには必ず『ゾンビ屋れい子』という作品を読むようにしているそうです。創作のモチベーションを保つために、自分を鼓舞してくれる作品を持っているというのも、プロならではの姿勢だと思います。
こちらの作品は『ホラーM』(ぶんか社)に1998年から2004年にかけて連載された作品です。筆者もこの対談記事から知って読んだことがありますが、途中から結構驚きの展開で、そこから一気に引き込まれたので、気になる方はこちらもぜひご覧ください。
ゾンビ屋れい子 (1) (ぶんか社コミックス ホラーMシリーズ 103)
岸本斉史先生が繰り返し観てきた作品
漫画家の中でも圧倒的な画力の高さを誇る岸本先生は、やはり後世に多大な影響を与えた『AKIRA』を挙げていました。
岸本先生はAKIRAの作者である大友克洋先生に対して、自身の作家人生において「鳥山明先生が母ならば、大友克洋先生は父である」と公言するほど心酔しており、その緻密なレイアウトや空間構成の源流となっていることが伺えます。
その他、サスペンス界の名作である『ユージュアル・サスペクツ(1995年公開)』や、OSCARを6回受賞したヒューマンドラマの名作『フォレスト・ガンプ(1994年)』など、ジャンルを問わず様々な名作をインプットされていることがわかります。
AKIRA
GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊
ユージュアル・サスペクツ
フォレスト・ガンプ
リトル・ミス・サンシャイン
まとめ:インプットは「量」と「質」の両輪で
冨樫先生の「色んな作品を一回観ただけで蓋をしちゃうのはダメ」という言葉の背景には、記憶の科学的なメカニズムと、プロの創作者としての実践知が凝縮されています。
人間の記憶は、一度見ただけでは1日で約7割が失われてしまいます。そのため、本当に自分の血肉にしたい作品は、繰り返し見ることで脳に定着させる必要があるのです。
同時に、幅広く作品に触れることで「選択肢」を増やすことも重要です。名作も駄作も含めて多くの作品を見ることで、既出アイデアのアレンジや逆張りができるようになり、オリジナリティのある創作が可能になります。
つまり、創作者に必要なのは「深さ(繰り返し見る)」と「広さ(たくさん見る)」の両方。この両輪を回し続けることで、自分だけの表現の引き出しが豊かになっていくのではないでしょうか。
まずは、自分が「これは何度も見たい」と思える作品を見つけることから始めてみませんか。そして、その作品を丸暗記できるレベルまで繰り返し見てみてましょう。きっと、今まで見えなかった技法や工夫が見えてくるはずです。

