『マトリックス』と『モンスターズ・インク』が同じ映画?ハリウッドのプロ脚本家が教える物語の骨格
ハードSFアクションの金字塔「マトリックス」と、ディズニー/ピクサーの心温まるファンタジー「モンスターズ・インク」。この2作品が「同じ映画」だと言われたら、どう思うでしょうか?
脚本家ブレイク・スナイダー氏の著書『SAVE THE CATの法則 本当に売れる脚本術』では、驚くべきことに、この2つの作品を「同じ映画」として紹介しています。
世界観も、ターゲット層も、まったく異なるこれらの作品が、なぜ「同じ」と言えるのでしょうか。この記事では、スナイダー氏が提唱する「ストーリーのひな形」に着目し、両作品の共通構造を分析していきます。
作品の表層的な違いを超えた普遍的な物語構造を理解することは、創作者にとって大きな武器になるのではないでしょうか。
SAVE THE CATが提唱する10のストーリージャンル
ブレイク・スナイダー氏は『SAVE THE CATの法則』の中で、あらゆる映画を10種類のストーリージャンル(ひな形)に分類できると提唱しています。このひな形は、具体的な設定やキャラクターではなく、物語の根幹にある「構造」や「テーマ」を指しています。
以下が、スナイダー氏が定義した10のストーリージャンルです。それぞれのジャンルには、観客を引き込む独自の魅力と構造があります。
1. 家の中のモンスター(Monster in the House)
限られた空間に閉じ込められた主人公たちが、モンスター(怪物や脅威)と対峙する物語。「エイリアン」「ジョーズ」「SAW」などが代表例です。恐怖や緊張感を生み出す密室劇的な構造が特徴で、「逃げられない状況での生存」がテーマとなります。
2. 金の羊毛(Golden Fleece)
主人公が明確な目標を持って旅に出る物語。目的地に向かう過程で仲間との絆を深め、内面的な成長を遂げます。「オズの魔法使い」「スター・ウォーズ」「ロード・オブ・ザ・リング」などが該当します。「旅を通じた変容」が核となるジャンルです。
3. 難題に直面した平凡な奴(Dude with a Problem)
ごく普通の人物が、突然降りかかった予期せぬ危機に巻き込まれ、生き残るために奮闘する物語。「ダイ・ハード」「タイタニック」「羊たちの沈黙」などが代表例です。観客が「自分も同じ状況に陥るかもしれない」と共感しやすい普遍性が魅力と言えるでしょう。
4. 人生の節目(Rites of Passage)
主人公が人生の重要な転換期(思春期、中年の危機、老いなど)を迎え、その過程で成長や気づきを得る物語。「卒業」「アメリカン・ビューティー」などが該当します。年齢や立場に応じた普遍的な葛藤を描くことで、幅広い層に共感を生むジャンルです。
5. 相棒愛(Buddy Love)
対照的な2人(または2つのグループ)が出会い、最初は対立しながらも、やがて深い絆で結ばれる物語。恋愛だけでなく、友情や師弟関係も含みます。「恋人たちの予感」「リーサル・ウェポン」「レインマン」などが代表例です。「違いを乗り越えた絆」が感動を生む構造となっています。
6. なぜやったのか?(Whydunit)
謎解きや真相究明を通じて、犯人や事件の「動機」を探る物語。単なる「誰がやったか」ではなく、「なぜやったか」に焦点を当てます。「市民ケーン」「チャイナタウン」「ユージュアル・サスペクツ」などが該当します。探偵や主人公が真実に近づくにつれて、より深い人間ドラマが明らかになるのが特徴です。
7. ばかの勝利(The Fool Triumphant)
能力や地位で劣る「負け犬」が、純粋さや誠実さによって最終的に勝利を収める物語。「フォレスト・ガンプ」「天使にラブ・ソングを…」「アマデウス」などが代表例です。弱者が強者を打ち負かすという逆転劇が、観客に希望とカタルシスを与えます。
8. 組織の中で(Institutionalized)
主人公が所属する集団や組織のルール・価値観に疑問を持ち、やがてそのシステムに立ち向かう物語。「カッコーの巣の上で」「ゴッドファーザー」などが該当します。組織への忠誠と個人の良心との葛藤が、物語の核となります。
9. スーパーヒーロー(Superhero)
特別な力や才能を持つ主人公が、その能力の使い方や責任について葛藤しながら、世界を救う物語。「スーパーマン」「スパイダーマン」「バットマン」などのヒーロー映画だけでなく、「グラディエーター」「ビューティフル・マインド」なども含まれます。「大いなる力には、大いなる責任が伴う」というテーマが中心です。
10. 魔法のランプ(Wish Fulfillment)
主人公の願いが魔法や奇跡によって叶い、その結果、人生が一変する物語。しかし、願いが叶った世界で新たな課題に直面し、本当に大切なものを学びます。「ブルース・オールマイティ」「ビッグ」「ライアー ライアー」などが代表例です。「願いは叶うが、それだけでは幸せになれない」という教訓が込められています。
これら10のジャンルは、表面的な設定(SF、ファンタジー、恋愛など)とは異なり、物語の「構造」と「テーマ」に基づいた分類です。同じジャンルに属する作品でも、設定次第でまったく異なる印象が与えられます。
スナイダー氏によれば、「マトリックス」と「モンスターズ・インク」は、これらのジャンルのうち同じひな形を持つ作品であると述べています。では、それはいったいどのジャンルなのでしょうか。
両者が属するストーリージャンルは?
本書内ではそれぞれどのジャンルに属するのか言及されていません(見逃していたらすみません、、)が、各ジャンルと両作を照らし合わせて考えてみるに、どちらも「組織の中で(Institutionalized)」というジャンルに分類されると考えられます。
このジャンルの核心は、「主人公が所属する集団や組織のルールや価値観に疑問を持ち、やがてそのシステムに立ち向かう」という構造にあります。物語は、組織への忠誠と個人の良心との葛藤を描くのが特徴です。
「組織の中で」の典型的な展開
- 1.主人公は組織の一員として、その価値観を信じている
- 2.組織の「真実」や「矛盾」を知る出来事が起きる
- 3.個人の良心と組織の論理が衝突する
- 4.主人公は組織に反旗を翻す決断をする
- 5.組織と対峙し、新たな秩序を提示する
それでは、「マトリックス」と「モンスターズ・インク」がこの構造をどのように体現しているのか、具体的に見ていきましょう。
「マトリックス」における「組織の中で」
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1. 組織への所属
主人公ネオは、当初「マトリックス」というシステムの中で普通のプログラマーとして生活しています。彼はこの世界を「現実」と信じ、社会のルールに従って生きる一般市民です。つまり、マトリックスという巨大な「組織」の一員なのです。
2. 真実の発覚
モーフィアスとの出会いにより、ネオは衝撃的な真実を知ります。自分が生きていると信じていた世界は、実は機械が人間を支配するために作り出した仮想現実だったのです。「現実」だと思っていたものが、実は精巧に作られた牢獄だったという発見は、組織の欺瞞を知る典型的な瞬間といえそうです。
3. 葛藤と決断
ネオは「赤い錠剤」を飲むか「青い錠剤」を飲むかという選択を迫られます。これは、真実を知って組織に立ち向かうか、それとも無知のまま安穏とした日常を続けるかという、典型的な「組織の中で」における葛藤の場面です。
4. 組織への反抗
真実を知ったネオは、マトリックスという体制に立ち向かうことを決意します。映画の後半では、システムの支配者であるエージェント・スミスと対決し、マトリックスの「ルール」そのものを書き換える力を発揮します。これは、組織の論理を超越し、新たな秩序の可能性を示す行為と言えるのではないでしょうか。
「モンスターズ・インク」における「組織の中で」
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1. 組織への所属
主人公のサリーとマイクは、モンスターシティ最大のエネルギー会社「モンスターズ・インク」の優秀な従業員です。彼らは、人間の子どもを怖がらせて悲鳴を集めることが、モンスター世界のエネルギー源として不可欠だと信じ、会社のトップ「怖がらせ屋」として誇りを持って働いています。
2. 真実の発覚
人間の少女ブーとの出会いが転機となります。サリーは、子どもたちは「危険で有毒な存在」という会社の教えが誤りであることを知ります。さらに、会社のCEOランドールが、より効率的にエネルギーを得るために子どもたちを拉致し、無理やり悲鳴を搾り取る装置を開発していたことが明らかになります。組織の「正義」が、実は子どもたちを傷つける非人道的なシステムだったという発見です。
3. 葛藤と決断
サリーは、ブーを守るべきか、それとも会社のルールに従うべきか葛藤します。彼はこれまで会社に忠実だったからこそ、この選択は重いものでした。しかし最終的に、個人の良心を優先し、ブーを守る決断をします。
4. 組織への反抗
サリーとマイクは、CEOの不正を暴露し、会社の根幹にあるエネルギー徴収システムに異議を唱えます。そして物語の終盤、サリーとマイクは「悲鳴」ではなく「笑い声」の方がより強力なエネルギー源となることを発見し、会社の方針を180度転換させます。これは、組織の古い価値観を打ち破り、より倫理的で効率的な新システムを提示した象徴的な場面といえます。
2つの作品に共通する構造
このように「組織の中で(Institutionalized)」という観点でいざ整理してみると、「マトリックス」と「モンスターズ・インク」は表面的には全く異なる作品でありながら、物語の根底には驚くほど似た構造が存在していることがわかります。
| 要素 | マトリックス | モンスターズ・インク |
|---|---|---|
| 組織 | マトリックス(仮想現実システム) | モンスターズ・インク(エネルギー会社) |
| 組織の価値観 | この世界が現実である | 子どもの悲鳴がエネルギー源 |
| 真実 | 世界は機械による支配システム | 子どもは危険ではなく、笑い声の方が効率的 |
| 主人公の行動 | マトリックスへの反逆 | 会社システムの改革 |
| 結末 | 新たな秩序の可能性を示す | より倫理的なシステムへ移行 |
どちらの作品も、「組織が提示する世界観を疑わず受け入れていた主人公が、ある出来事をきっかけに真実を知り、良心に従って組織に立ち向かい、最終的に新しい秩序を提示する」という同じ骨格を持っています。
「難題に直面した平凡な奴」ではないのか?
ここまで「組織の中で」というジャンルで両作品を分析してきましたが、別の可能性も考えてみようと思います。
たとえば、「難題に直面した平凡な奴(Dude with a Problem)」というジャンルです。このジャンルは、ごく普通の日常を送っていた主人公が、突如として予期せぬ危機に巻き込まれ、生き残るために奮闘する物語を指します。
確かに、どちらの作品も「平凡な日常からの急転」という要素を持っています。
- •ネオは、ごく普通のプログラマーとして暮らしていたところに、突然モーフィアスから真実を告げられる
- •サリーは、いつも通り仕事をしていたところに、人間の子どもが紛れ込んでしまうというアクシデントに見舞われる
しかし、「難題に直面した平凡な奴」というジャンルの核心は、「視聴者自身も同じ状況に陥る可能性がある」という共感性にあります。例えば、「ダイ・ハード」では、誰でも訪れる可能性のあるビルでテロに巻き込まれるという設定が、観客を物語に引き込みます。
一方、「マトリックス」や「モンスターズ・インク」の状況は、私たちが日常的に遭遇する可能性のあるものとはいえなさそうです。仮想現実に囚われていると知ることも、モンスター世界で人間の子どもと出会うことも、極めて特殊な設定です。
したがって、両作品は「難題に直面した平凡な奴」よりも、「組織の中で」というジャンルの方が、その本質をより正確に捉えていると考えられます。物語の中心にあるのは、「突然の危機への対処」というよりも、「組織の価値観への疑問と反抗」だからです。
創作における「ひな形」の重要性
「マトリックス」と「モンスターズ・インク」という一見まったく異なる2つの作品が、実は同じ映画であるという内容は、創作においてとても示唆に富んだものだと感じました。
ここで、ストーリーのひな型を理解することで得られるであろうものを考えてみたいと思います。
ひな形を理解することで得られるもの:
- 1.普遍的な面白さの理解:表面的な設定やキャラクターを超えた、物語の根幹にある「面白さの構造」が見えてくる
- 2.創作の選択肢の拡大:同じひな形でも、設定次第でまったく異なる作品が生まれるため、発想の幅が広がる
- 3.物語の焦点の明確化:自分が書いている物語が、どのひな形に属するかを意識することで、展開に迷いがなくなる
ブレイク・スナイダー氏の「マトリックスとモンスターズ・インクは同じ映画」という主張にはとても驚かされました。しかし、こうして「組織の中で」というひな形に着目して分析してみると、両作品が同じ物語構造を持っていることがわかりました。
設定やビジュアル、トーンが異なっていても、「人間とシステムの関係」という普遍的なテーマを描いているという点で、これらは確かに「同じ映画」だといえます。
ブレイク・スナイダー氏のひな形に着目して、「全然別に見えるけど、実は一緒なもの」を探してみるのも、面白いのではないかと思います。
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